秩父貯水槽殺人事件2020

はじめに

秩父貯水槽殺人事件とは、一般的には過去に起きた殺人事件ではあるが、心霊・怪談ファンの間では、ルポライター「小池壮彦」が追った一連の心霊事件のことを指す。戦後最大級の怪談として名高く、各種メディアに何度も取り上げれており知る者が多い。という私も「あなたの知らない世界」を見てこの件を知り、やはり幽霊ってものはいるものなのだと固唾を飲んで見守っていた。当記事は小池氏が追った心霊事件のトレースだ。なるべく細かく痕跡をなぞるつもりだが、あくまで素人調査であることはご容赦願いたい。
(※文中の登場人物はすべて仮名)

1日目:伝説の怪異譚のはじまり

昭和52年(1977)12月7日、地元消防団に所属する原田さんと大久保さんは、定期点検の為、防火用貯水槽の重い上蓋をひきづるようにして開けたところ、激しい異臭が鼻を突いた。懐中電灯で照らせばユラユラと揺れ動く布のようなもの、それは長い髪の毛だった。
棒でかきまわせば白い腕のようなものが見え、光に浮かび上がった顔は腐乱して見分けがつかなかった。二人はギョッと顔を見合わせた――。

貯水槽殺人事件イメージ(イメージ)

――すぐさま近くの民家に駆け寄り警察に通報。駆けつけた警察官らによって遺体は引き上げられたが、遺体はひどく腐乱しており、重みで頭と体が引きちぎれてしまった。
第一発見者の原田さんは、当時の朝日新聞でこのように述べている。

「だれかがイタズラしてぼろきれを投げ入れたのかと思った。放水管が詰まってはいけないので取り除こうとよく見たら、なんと死体だったので背筋がゾーッとした」(原文ママ)

朝日新聞12_9●女性の腐乱死体が発見された防火用貯水槽(朝日新聞)

消防団員が貯水槽から偶然死体を発見したことによって、戦後最大級として名高い怪異譚はこうして幕をあけたのである。

2日目:カトレアの靴を追う

貯水槽から身元不明の変死体が発見された翌日、遺体は秩父署内にて東京医科歯科大助教授の執刀で解剖された。

【身元不明遺体の特徴】
年齢:10代後半~20代前半
身長:155㎝前後
服装:紺色のトックリセーター、灰色のスカート
特徴:奥歯に治療の跡

死体の腐乱が激しく肝心の死因は依然不明。ひどく腐敗した体は復顔作業も不可能であれば、指紋が一つも採取できなかったのだ。
よって捜査班は、奥歯の治療跡と履いていた靴を手掛かりに女性の身元割り出しを急いだ。

iwale_saitama●遺体が履いていたカジュアルシューズ。「カトレア」との商品名がある(埼玉新聞)

3日目:犯人急転逮捕

警察は秩父地方の33ヶ所の歯科医をしらみつぶしにあたり、治療をした医師をつきとめた。また、着衣や靴などから被害者のもととなる証言を得て、遺体の身元割り出しに成功した。
このため交友関係の聞き込みを続けているうち、失踪当時交際していた田村という人物が犯人として浮上。捜査員を派遣したところ男は犯行を自供し緊急逮捕された。

iwale_kao●被害者は市内のOL――犯人田村と殺害された鈴木さん(埼玉新聞)

自供によれば、二人は恋人同士だった。さる49年11月頃、鈴木さんの友人の紹介により二人は交際をスタート。交際が深まるにつれ妊娠が発覚、彼女に結婚を迫れたが田村はあいまいに言葉を濁し続けた。そのうち妊娠6カ月になり堕ろすこともできなくなってしまった。こうした鈴木さんを田村は邪魔になり、昭和50年11月8日の夜、自動車でデートに誘い鈴木さんを某川の河川敷に連れ出した。

「産みたい!」

「いや堕せ!」

――口論の末タオルで首を絞め殺害。妊娠していた子供ごと貯水槽へ投げ入れたのだった。


幽霊のウワサ

事件は当時大きく報道された。現代でもこの手の暗いニュースは連日のように見受けられるが、この話の特異な点は遺体が発見される前から、現場で幽霊が目撃されていると各社一斉に報じていることにある。

iwale_mainichi●幽霊のウワサ(毎日新聞)

貯水槽の周辺では、これまで「幽霊を見た」というウワサが立っており「おばけがでる」と書かれた石も置かれてあったなど、ミステリーそのもの。
(中略)
今年の夏の夜、市の中心部から車で現場近くまできたら、幽霊が出たのであわててブレーキを踏んだという会社員がいたという。その後も幽霊を見たという人が続出「ヘッドライトに人影が浮かんだが、車を止めるとだれもいなかった」などの話が飛び交った。(原文ママ)

iwale_tokyo●「おばけが出る」と書かれた石があったと指さす地元の人(東京新聞)

死体が発見される一週間前ごろから現場わきの小道「お寺坂」の中ほどに「おばけがでる」と下手な字で書かれた石が置いてあった。死体発見の八日の昼ごろまであったという。
(中略)
同署でこの石を回収して調べているが、うわさはパッと広がり、「そういえば、あそこで女がたたずんでいるのを見たが、近寄ったら消えてしまった」というまことしやかな話をするドライバーも現れ、「前に水そうの中を見た時は死体はなかった。流れがないところで死体が動くなんて……」とみんな顔を見合わせるのだ。(原文ママ)

このように、どうやら幽霊ってものは本当にいるらしい。
現場付近で多く目撃された女性の霊。お化けがでると書かれた石。心霊現象を肯定せざるおえない材料は揃っており、あっておかしくないと私は思う。

鈴木さんは生まれてくる我が子を心待ちにして生前は手編みのセーターを編んでいたそうだ。それにもかかわらずお腹の子と共に暗い冷たい貯水槽に沈められてしまった。
こんな殺された方をした恨みは癒えず霊となって出てくるのは当然だ。そうでなければ御霊が浮かばれない。私は事件を一通り読んで率直にそう思った。

また、2年もの月日の経った死体は普通なら沈むらしい。それが妙な胸騒ぎがした消防団員が貯水槽のフタを開けたタイミングで浮いていたのだろうか。単なる偶然と片づける問題なのだろうか。そのうえ年に数回の点検にも関わらず問題の貯水槽だけは不思議と何度も覗かれていた。私は殺された女性が自分の遺体のありかを教えたとしか思えないのだ――。

――そして雑誌「微笑」にて、事件から3年後の続報が掲載された。

微笑●殺された女の幽霊が自分の死体のありかを教えた!(隔週刊女性誌「微笑」)

微笑には頭部の遺骨は返還されていないと記されている。解剖された遺体は完全に遺族の元へ戻ってはいないらしい。
心霊現象の発生要因として、科学的な根拠はないにしても完全な体になって成仏したいのではと記事は結論づけた。これにて一連の心霊事件に一応は終止符が打たれたかに見えたのだが――。


あなたの知らない世界「被害者の霊が呼ぶ」

時代は昭和から平成へと変わり、2005年8月。貯水槽から遺体が発見されてから27年後にして同事件は新展開を迎える。
詳細は後述するが、ルポライター小池壮彦氏が取材中に体験した怪奇現象はテレビで放送されお茶の間を戦慄させたのだ。私もこの放送を見た一人だ。

cap001

cap006YOUTUBEよりキャプ)

番組名:新・あなたの知らない世界(戦慄の殺人現場!被害者の霊が呼ぶ!?)
放送局:日本テレビ
放送日:2005年8月10日

自分が産まれていなかった頃はよくしらないが、「あなたの知らない世界」はwikipediaによれば1973年から放送されていた長寿番組だった。はじめは「お昼のワイドショー」という番組内の企画であったが、のちに「午後は○○おもいッきりテレビ」内に引き継がれ夏休み限定で毎年放送された。
1997年に番組は一旦終了するものの、2005年「新・あなたの知らない世界」として8/7~8/12日までの5日間限定で復活した。同番組は5日連続特番の3日目にあたる。

2005年8月8日(月)新・あなたの知らない世界「怨霊か⁉市松人形の怪」
2005年8月9日(火)新・あなたの知らない世界「闇に浮き上がる霊魂?」
2005年8月10日(水)新・あなたの知らない世界「幽霊が導く恐怖の結末」
2005年8月11日(木)新・あなたの知らない世界「四谷怪談・怨霊の正体」
2005年8月12日(金)新・あなたの知らない世界「怨念・呪いのワラ人形」
(讀賣新聞テレビ欄より)

番組のあらましはこんなものだ。まず取材班はかつて貯水槽があった現場を訪れた。
当時はフタのような名残が見受けられ、ここで小池壮彦氏はお線香と花を手向け合掌をしている。

cap003●貯水槽跡地で手をあわせる小池壮彦氏

つづいて一行は、ご遺族宅を取材する為に住所をカーナビに入力し向かうのだが、その道中にてなんとも恐ろしい怪奇現象に遭遇してしまう。
目的地を案内していたカーナビが突如方向を変え墓地へ案内するのだ。これが当放送の大きな見所である。

cap007●一行は被害者宅をカーナビの目的地に設定し車を走らせるのだが…


cap008●目的地に到達するには手前のY字路を左に進まなくてはいけないのだが、なぜかY字路に差し掛かる寸前で突如右方向へ案内をする


cap009●案内されるまま右に進めば被害者鈴木さんが眠る墓地に到着。番組の取材班が何度もいかなる方向から試したが、結局はすべて墓地へ案内されてしまったのだという

学生時代にこの放送を見た衝撃は今も忘れられない。現実にこんなことが起きるものなのかと。
このような痛ましい事件は深くにがにがしい怒りを感じる。なんとも憐れだと心から思う。
ただ同時に、やはり心霊現象は実際にあったのだと興奮も感じていた。それが正直な気持ちだった。

資料を集めここまであらましを知ってしまえば、もう確かめなければ気がすまない。
長年どうしても確かめたかったのだ、カーナビが墓地へ案内するのかということを。


 ×  ×  ×  ×  ×  × 



平成最後の夏2018年8月16日、埼玉県秩父市貯水槽跡地へ

iwale012●車は全く通らず静まりかえる貯水槽前の通り。多くのドライバーがここでたたずむ女性の霊を目撃したという


iwale010●この先を進めば「おばけがでる」と書かれた石があった通称「お寺坂」だ。石は当時警察が回収したとのことで、もちろん私は発見できなかった


iwale011●現在の貯水槽跡地にて土をかき分ける私

当時の映像より現場は大きく様変わりしていた。くまなく探したがフタのような鉄板は見当たらない。
それでも地面をよく見れば砕けたコンクリート片が散らばっており、かつて貯水槽があった痕跡をいくらか垣間見られた。

カーナビの検証

iwale016●次なるは肝心のカーナビの検証をする。被害者宅の住所をナビに入力。案内されるままに進む。使用ナビはPanasonic製(CN-R301Z)


iwale023●問題のY字路。当時の番組ではこのY字路に差し掛かった所でナビは突如右に行くよう指示を変えた


iwale017●しかし我々のナビは変更されることもなく左へ、被害者宅の前で「まもなく目的地周辺です。案内を終了します。」のアナウンス

スマートフォンの地図アプリも同時使用しあらゆる方向から何度も試してみたが、墓地に案内されることも新しいルートを提案されることもなかった。

iwale015

iwale014

iwale013●案内はされなかったが墓地を見学してみた。ちょうど平成最後のお盆でもある時期だ、鈴木さんが眠る墓には色鮮やかな献花が手向けられていた。私は線香を焚き合掌をして足早に現場を後にした

小池壮彦氏の足跡を辿りながらの番組の解説は以上だ。
平成の終わりになった時点で怪奇現象を体験することはなかった。
実はこの話はまだまだ終わりではない。この事件の真相?というか、気のりしない話をしたいと思う。


封印された2つの動画

「怪奇巡礼DVD」という雑誌の付録DVDに、番組では触れられなかった外伝エピソードが収録されている。この外伝は定期刊行されず、突発的に販売されタイミングを逃せば書店からすぐ消えてしまうムック本だった為、一部のマニアにしか知られていなかった。それが令和にもなってテレビ東京「最恐映像ノンストップ7」にて放送されたのでざっくりと解説する。
小池壮彦は被害者鈴木さんの墓地の前でビデオカメラを落としてしまう。帰宅後にカメラを確認してみればなんと15秒ほどの映像が2つ収録されていたというもの。

スクリーンショット (30)

スクリーンショット (27)

スクリーンショット (24)

スクリーンショット (22)●最恐映像ノンストップ7よりキャプ

保存されていた2つの動画はどちらも同じように見えたが、片方の映像にだけ、墓石の裏を通り過ぎる被害者と容姿の似たものが映り込んでいた。
果たしてこれは亡くなった鈴木さんの霊というのだろうか。
正直言って私はビリーバーだ。幼少期から幽霊は信じている。だがこの動画だけは全く信じていない。
映像解析なんてとてもできる頭を持ち合わせてはいないが、一応動画内で起きたことを再現してみる。

iwale019-2●友人を墓石のすぐ裏に立たせる


iwale018-2●小池壮彦氏がカメラを落とした位置と同じ地点で私もカメラを下に向ける。
※小池氏が落としたカメラは静止画メインのデジタルカメラ RICOH CaplioG4(2003年)。なるべく画質を合わせたいので私はビデオカメラ CANON iVIS HFM31(2010年)を使用。


iwale025●ビデオカメラの映像を画像にした。レンズを下に向けている為、カメラは地面を映している

iwale026●そこからレンズを墓地に向けようとカメラをゆっくり持ち上げていく


iwale024

iwale027●地面に向けたレンズを持ち上げ墓地に向ければ、映像と似た構図で墓石裏の友人は幽霊のように映る

この位置からカメラを向けるとそれらしい映像を撮ることができた。鈴木さんの身長は155cmほどで画面に映る墓石の高さは150cm。
予想に反して被害者より背の高い身長178cmの男性まですっぽりと隠れた。
これは撮影位置・地形・アングルの3つが関係しているように思う。

撮影イメージ図●簡単な図にしてみた。撮影位置から墓石までの距離は約3~4m。墓地側にむかって地面はせり上がっていくが、墓石裏側の通路で斜面は緩やかになる。この影響もあってよほど背の高い人物ではない限り墓石に阻まれ映ることはないと思われるのだ

この映像は、SNS上では「お墓参りに来た人にしか見えない」などと反響をよんでいたが、本当に通りすがりの人なのかもしれない。
他にもこの映像は疑惑だらけだ。はじめからビデオカメラ落としたというなら映像は真っ暗になるはずだ、なぜ地面が映るのか(レンズが汚れるのを防ぎたかったからか)。15秒ほどの動画が2つ収録されていたというなら大スクープだ。もし本当なら当時使用したビデオカメラとオリジナルの映像を専門機関に分析しない理由は。霊の出方も不自然、なぜわざわざ通りすがるように出てくるのか。被害者が着ていたのは紺のトックリセーター、映像の人物はどう見ても黒色の服にしか見えない。

よってこの動画はフェイクドキュメンタリーだと思う。
ノンフィクションライター小池壮彦が嘘をつくはずがない、という心理を逆手にとった手法だ。
もちろん断言はできないからこれ以上述べることは控える。
なお制作著作は住倉カオス氏。氏によってあらゆるメディアで小出しにされてきた。関連作品は最下部に記載しておく。

探索者より

総ざらいすると、遺体が発見される前から現場周辺で幽霊が目撃され、後に消防団員によって死体は発見された。そして時は平成、小池壮彦が事件を調査しようとご遺族宅の住所を入力し向かった所、カーナビが誤作動し被害者の眠る墓地へ案内された。しかし、さきほどの話の結末がこれではなんとも残念である。当時は本当にカーナビは案内した可能性はあるかもしれないが、もうこれではなんともいえない。昭和→平成→令和と時代を超えて伝えられてきた伝説の怪談は平成以降に話が大きく変形されてしまっていた。

この結末さえなければ私は思い巡らせていたことがある。
遺体からは小指ほどの骨が出てきたともいう。もしかしたら鈴木さんが成仏できない理由は、自分のお腹の子を探しているかもしれないなんて思っていた。
しかしながら私の思い過ごしだったようだ。もうこの件は今後一切追うことはない。最後に被害者のご冥福を深くお祈りしたい。
まだ腑に落ちない方も中にはいるだろうが、ご遺族の心情を察するにもこの件はそっとしておくべきだ。

当時のサンケイ新聞に、最愛の娘の死をとても受け入れられなかった父親のことが記されている。
父は深い悲しみを沈黙を貫き表現し続けていたが、しつこく詰め掛けた報道陣に対し大声でこう叫んだ。

「娘が死んでいるはずはない!」

「何も聞かないでほしい!」

「言うことはなにもない!」

その声は震えていたそうだ。


引用・参考:

毎日新聞/朝日新聞/讀賣新聞/産経新聞/東京新聞/埼玉新聞

隔週刊女性誌「微笑」(祥伝社)P53~P57 

小池壮彦「東京近郊怪奇スポット」(長崎出版 1996.7.10)P154~P155

小池壮彦「殺された女の幽霊が死体のありかを教えた!」<漫画実話ナックルズ>(ミリオン出版 2004.8.1)P75

小池・高橋・住倉「封印された2つの動画 貯水槽殺人事件」<怪奇巡礼DVD 驚愕と戦慄の世界へ――あなたはもう帰れない…。>(ミリオン出版 2005.8.15)P6~P7

小池・高橋・住倉「封印された2つの動画 貯水槽殺人事件」<実録 呪霊映像 怪奇巡礼DVD 特別編>(ミリオン出版 2006.9.5)P60~P61

住倉カオス「百万人の恐い話」(竹書房 2016.3.29)P8~P20

住倉カオス「貯水槽の女」<怪処十号>(とうもろこしの会 2016.8.14)P22~P23

日本テレビ(新・あなたの知らない世界「戦慄の殺人現場!被害者の霊が呼ぶ!?」)2006.8.10放送

BSスカパー!(ダラケ!シーズン8「心霊を生業にする男たち」)2016.8.4放送

テレビ東京(最恐映像ノンストップ7)2019.7.24放送

使用素材:
photo by Khusen Rustamov/Pixabay

撮影協力:HB氏

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丘出
ただの酔っぱらい。
怖がりなんですけれど不思議な体験がしてみたい。